【4577・78号】「教会立神学校」について

前回の記事に出てくる「教会立神学校」について、かつて教会立神学校で教鞭を執っていたクレトケ教授に聞いた。
「私は長い間『東ベルリン語学学校寄宿舎』の講師だったことになっています。東ドイツでは国立大学神学部は出版も含めて活動停止となり、表だって神学校・神学部という看板を掲げることは許されなかったからです。そういう状態でしたが、内部では博士号を出し教授資格論文審査も西側と変わりなく行ってきました」。
「壁の崩壊と共に旧東側にも学問の自由が回復し、『告白教会』の伝統を汲む四つの教会立神学校は一九九〇年にベルリン大学に吸収されました」。
現在も国内には三つの教会立神学校があり、神学教育がなされている。

●ヴォルフ・クレトケ教授

昨年秋にベルリン・フンボルト大学を定年退官。都市部ベルリンにおけるキリスト者人口の減少を憂い、また「全信徒祭司性」の原則に基づいた伝道に関する論文を幾つも書いている。
現在はベルリンにて牧師の継続教育に協力しているほか近々説教集を出版する予定。

【4577・78号】ドイツにおける神学部と教会 バーデン領邦教会の場合(下)

神学研究と教会が必要

・神学の目的と教会

かつてマックス・ウェーバーは学問が「価値中立的」であり、「制度から自由」であることが必要であると言った(『職業としての学問』)。学問一般がこの性格規定にかなうかどうかについては、すでに長い議論がなされている。
ここでは議論を「神学」に絞って、大学でなされる神学研究と教会が必要とする神学との関係について、前回(四五七四号)に引き続きドイツ・バーデン領邦教会(ハイデルベルク)の例を取材した。
「学問の自由が第一であることは論を待ちません」とはヴェルカー教授(組織神学)。
「たとえばバルトも、『教会に仕える神学』ではなくて『教会を通じて世界に仕える神学』を謳いました。神学の目的は教会への奉仕には留まらないのです」。ただし、神学が教会において果たす役割が大きいことも強調する。「『牧師の神学嫌い』という傾向があって両者の関係に緊張をもたらしているならそれは問題です。
ハイデルベルク大学では昨年から、牧師の勉強会作りを促進するため、神学部としても協力することになりました。
昨年は『復活』、今年は『罪』をそれぞれテーマとして、二日間の研修を大学で行い、その後四~五人ごとに牧師による研究グループをつくり、ときおり神学教授が手助けする形で与えられたテーマを深めてもらうのです」。

・神学と牧師の学び

それにたいして、ハイデルベルク地区の地区長でもあるバウアー牧師(聖霊教会牧師)は、教会指導(教会政治)に当たるのは、教会の牧師であるという点を強調しつつ、次のように語る。
「教会本部からの大学への諮問も頻繁に行われています。教会は神学をおろそかにしてはなりません。諮問を受け入れ、活用する能力が牧師にあるのが大前提です。しかし、現実にはそのような教育環境が十分整っていないのではないかと思います。
私は第二試験(按手礼を受けるための試験)の委員ですが、受験者である牧師補に『文献の引き写しではだめだ』と言い続けています。暗記は得意でもきちんとそれを説明出来ない受験者がかなりいるのです」。
教授であるためにまず牧師でなければならないという主張を裏付ける例として、同牧師の博士号取得テーマであるバルトを引き合いに出してこう語る。
「彼は説教者としての行き詰まりから『神の言葉の神学』にたどり着きました。現在の神学教授ではメラー教授などのように牧会経験を持つ教授は圧倒的に少数です」。
しかし、「神学部での学び」と「牧師になるための学び」の関係理解は一様ではないようである。さらに何人かの牧師に取材を重ねる中で得た実感としては、両者の断絶を強調する牧師と連続を協調する牧師に分かれたことを紹介しておく。
また一九九九年にローマ・カトリック教会との間でなされた「信仰義認に関する共同宣言」のように教会主導でなされた動きに対して、神学部での評価が低いことを嘆く声も聞かれた。
そこで、再び神学教授に対してインタビューを試みた。シュヴィア教授(学部長)はこう語る。
「『神学を営む』という行為を、フォン・ラートは『知性を持って神を愛すること』と表現しました。『知性』と『愛』を切り離さないところに神学の真理性があるのではないでしょうか。神を愛するということは、実際、知性無しには不可能です。フォン・ラートはさらに、『私たちは教父と同じことを同じように言い続けることは出来ない』と言って、同じことを現代において言い続けるためには神学が要請されるのだと述べるのです。私は『神を愛しながら思考し、思考しながら愛する』と言いたいと思います」。
「だから、ここで学んで牧師を志す学生のうち、領邦教会と関わりを持たない自由教会の学生は確かに『神学を学ぶこと』と『牧師としての学び』は別のものになるかも知れませんが、バーデン領邦教会に奉職する学生にとってはその二つは連続したものです。たとえば私は新約学の教授としては「いかに釈義するか」を研究し、実践神学の教授としては「いかに説教するか」を研究しているのですが、この二つのつながりを常に意識しています。かなりの困難を伴うことも確かですが」。
「実践神学の教授の場合には牧師としての経験が必須になりますが、他の分野の場合でも牧師であることによって学校の宗教教育の経験が得られるなどのメリットもあります。事実上多数が按手を受領しています。
またハイデルベルクでは、実践神学の教授は領邦教会主催の牧師養成セミナー(牧師補が年に一度1ヶ月受講する)の講師にもなるため、他の分野とは違い招聘人事を行うときには教会に通知するだけではなく、合意が必要です」。

・分野横断的・学問横断的に

さてここで、少し角度を変えて、学際的な神学研究がどの程度なされているかについて聞いてみた。
「神学部の中における分野横断的な研究はハイデルベルク大学では盛んになされています。こういった研究に従事している教授として相当数を数え上げることが出来るのがハイデルベルクのよい伝統です。ドイツの神学は、四半世紀前には一つの領域にこだわっていた時期もありますが、そういった時期でも、たとえばブルトマンがハイデガーと関連づけながら神学を展開していました。その伝統はさらにバルト(『福音主義神学入門』)やシュライアーマッハー(『神学諸科解題』)などにさかのぼれると言えるでしょう。将来的に、さらにこれら学問横断的になされた神学が教会指導と摩擦や軋轢無く、さらに展開するとよいと思っています」。
それが可能になる秘訣はなんだろうかという質問を最後にしてみた。
その答えについて、他の学問にも通じることだろうがと前置きしつつ、「好奇心を持つ」ことだ、と教授は語った。
この答えを聞きつつ、神学教授ばかりでなく牧師が自分の好奇心を神学や牧会に対していかに向けるかが普遍的な課題になるだろうという感想を持った。
(上田 彰)

 

●ミヒャエル・ヴェルカー教授
モルトマン教授の下でバルトを学ぶ。アメリカ、中国、韓国で広く知られ、改革派の伝統に立ちつつ福音主義教会の神学を構築する神学者で学際的な関心も高い。
ホームページの紹介によれば論文数は250に達する。現在、教会の牧師試験委員。

●シュテファン・バウアー牧師
メラー教授の下で説教学を学び、牧師としては11年目。

●ヘルムート・シュヴィア教授
博士論文は新約聖書学、教授資格論文は実践神学で提出し、大学では両方を講じる。大学教会(ペトロ教会)にも携わっている。

●クリスティアン・メラー教授
説教学と牧会学を講じる。最近の関心は教会建設と礼拝学。邦訳あり。

●ゲルト・タイセン教授
ドイツで最も著名な新約学者の一人。学際的な関心(教育方法)を扱った『聖書への関心付け』といった本も執筆。邦訳書多数。

【4577・78号】荒野の声

▼ワープロが月収の三倍もした時代。単漢字変換、つまり一字一字変換することしかできない、限りなく和文タイプに近いワープロ?が発売された。値段は月収の半分程。欲しくて欲しくて、夢にまで見た。しかし、買えない。ガリ版の鉄筆を持つ手に力が入り過ぎて蝋原紙を破いてしまう。▼或る大きな教会の年配の牧師が、二台目のワープロを購入したと自慢する。最初のものは孫に譲ったそうだ。謄写版印刷で伝道集会のチラシを作り……負けるものか、三色のカラー印刷、ガリ版で。徒歩で一軒一軒配布した。その時に、講師の費用があればワープロを購入出来るのにという思いが、ふと頭をかすめた。▼都会と地方との教会・牧師の経済格差拡大が問題になっている。子供一人当たりで教育費、つまり現金収入が要る時代だから問題は深刻だ。牧師の信仰・信念であっても子供を犠牲にはできない。▼経済格差は、牧師の労働問題や人権問題である前に、伝道の問題だ。印刷を外注する費用などない財政規模の小さい教会ほど、人手がないのだから。

【4577・78号】お知らせ

『教団新報』今号を四五七七・七八合併号とし、四五七九号は五月二一日発行とします。 総幹事 竹前 昇

【4577・78号】神と地との契約のしるし にじのいえ

にじのいえを訪れた三月初旬の土曜日夜、子ども聖書会から巣立つ女子高生の送別会が開かれていた。
中高生十一人に加え、入居者、職員ら二十三人が出席した聖書会は、礼拝から始まり、辻哲子牧師は「光の中を歩こう」と題する説教で「希望をもって喜び、苦難を耐え忍び、たゆまず祈りなさい」と諭し、「祈れなくなったり、祈る言葉を忘れたら、ただ、『インマヌエル・アーメン』とだけ祈りなさい」と優しく語りかけた。
千葉市に就職するMさんの送別会は、手造りのケーキを頬張りながら、多くの人が優しい励ましの言葉を贈ったが、
「Mさんを知ったのは、幼稚園のころ。以来十数年、毎週聖書会でその成長を見つめて来た。神様に見守られて、社会人となる日を迎えたことは、自分の孫のようにうれしい」
と語った隠退婦人教職の言葉が印象的で、心温まる感動的な送別会だった。

全国教会婦人の熱い思いと祈りで

千葉県館山市、南房総にある「にじのいえ」は、全国教会婦人会連合が運営する婦人献身者ホームで、全国教会婦人の祈りと献金と労苦が結実して、七三年献堂。その後、買い増して三七四〇平方メートルの広々とした土地に研修棟、ホーム棟、八四年、創設時からの願いだった礼拝堂を献堂。九五年には、手狭になった建物を取り壊して新たに鉄筋三階建ての新ホーム棟を完成させた。
創設時に尽力した婦人会員が見た房総の海にかかる虹の忘れ難い印象が、「わたしは雲の中にわたしの虹を置く。これはわたしと大地の間に立てた契約のしるしとなる」(創世記九・一三)の御言葉と結び付けられ、にじのいえの名を得た。この名には、全国教会婦人の熱い思いと祈りが凝縮されている。
八一年、近くの児童養護施設「ひかりの子学園」の子どもたちを対象に子ども聖書会が発足し、以来、毎週欠かさず、園生全員が土曜の午後、にじのいえにやって来る。現在は幼稚園から小学生までの一七人と中高生の一一人が二回に分かれ、聖書を学んでいる。
この聖書会は、子供たちだけでなく、入居者にとっても、大きな励ましと喜びになって来た。ここから受洗者も出たし、にじのいえの礼拝に出ていた人たちの間から、近くに教会が欲しいとの願いが高まって、九七年の南房伝道所(高倉謙次・高倉田鶴子牧師)開設にもつながった。高倉牧師も定期的ににじのいえの主日礼拝と子ども聖書会で奉仕している。
いま、にじのいえには、隠退婦人教職六人、逝去牧師夫人三人の九人(定員一四人)が入居しているが、七八歳から九二歳まで、平均年齢は八二歳になる。九人中、七人が八〇代である。
01年三月、静岡草深教会を隠退した辻哲子牧師は、翌四月から現地担当運営委員として、月九日間、にじのいえに滞在し、第一、第二主日礼拝と子ども聖書会を受け持ち、第三は高倉牧師、第四は入居者の飛田悦子牧師が礼拝を担当している。
全国の老人ホーム共通のことだが、社会の高齢化と共に入居者の平均年齢も上がって来た。にじのいえの入居資格は教団の婦人教職、逝去牧師夫人で、六〇歳以上八五歳までと定めているが、現在の平均年齢八二歳が示すように、最近では「八〇歳を過ぎてから入居を考える」傾向が顕著になって来た。角谷多美子運営委員長(安藤記念教会)も「八五歳までという入居資格は弾力的に考えるようにしている」と話している。

高齢化がもたらす新たな章

高齢化は当然のことながら、にじのいえのありようにも影響を及ぼす。発足当時は「ホームを拠点に宣教に出掛けていた」というが、最近では医者通いをする人が増えて来た。管理人に求められる大きな仕事が医院への車での送迎となった。かつて、管理人夫人は厨房担当だったが、今では寮母的な役割を期待されるようになった。九人中六人が介護保険の認定を受け、月に二、三回、ホームヘルパーが掃除、洗濯、買い物などに訪れている。
一般の老人ホームとの大きな違いは、「婦人教職が安心して働き、しかも終わりの日に至るまで信仰の喜びに溢れた生き方が証し出来る施設を作りたい」という設立時の願いが今日まで活かされていることである。きめ細やかな運営がされているので、人手がどうしてもかかる。現在、管理人夫妻ら職員四人、半日ずつのパート二人と六人体制。「一時期入居者が六人に減ったときは深刻だった」と関係者はいう。
設立時の精神は財政にも現され、入居費は長い間月額四万五千円に据え置かれているので、収入総額の一二%(03年度決算)にしか達せず、にじのいえの運営は諸教会、個人の献金、全国教会婦人会連合の努力に大半を依存している。
運営委員会は01年、長期展望を考える委員会を発足させた。にじのいえは終の住処でなく、一般の特養ホームとは一線を画しているが、高齢化と共に予期せぬ急病、治療費などに備えて、ポピー資金(目標額三百万円)を設けたのもその対策の一つである。
房総の海辺に建てられて三十二年。はや一世代過ぎて、にじのいえも新たな章を迎えつつあるともいえよう。02年度決算三二五四万円、03年度決算三〇〇〇万円、04年度予算二七六三万円と、この数年、予算がやや下降気味となった。婦人会連合の熱意に甘えることなく、男性会員を含めた教会員一人一人、全国諸教会の支援が何よりも望まれている。
(永井清陽報)

 

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