【4587号】荒野の声

▼先日、壮年会の修養会を持ち、『主の祈り』を学んだ。毎日曜日毎に、それどころか集会のある度毎に唱える。ために念仏化し、殆ど無意識に祈っている。一節一句を吟味しない。▼ある教会では、「我らに罪を犯す者を我らがゆるすごとく」で、皆が息を飲み、一瞬沈黙する。人を赦すことのできない己が現実を見据えるためだ。しかし、これも既に習慣化している。▼「悪より救い出したまえ」を、『こどもさんびか』で見ると「救いいだしたまえ」とルビがふってある。何十年も「救いだしたまえ」だと思い込んでいた人は少なくないらしい。▼讃美歌も信仰告白もそうだが、慣れ親しんだもの程速く唱える。殆ど何も考えずに。礼拝が終わったら、今日の式次第に使徒信条があったかなかったか記憶が定かでなかったりする。▼心臓を患ってから、直ぐ息が上がる。年配の方々がゆっくり祈る理由が初めて解った。主の祈りをもっとゆっくり唱和しましょうと申し合わせた。勿論、聖書の朗読も、信仰告白も。▼信仰生活くらいは、少しゆっくりでも良いだろう。いつかは、必ず、天国に行き着くのだから。

【4587号】メッセージ

マタイによる福音書二〇章二九~三四節

開かれた瞳で何を見るのか 新井 純

主イエスと弟子たちは、エルサレムに向かう途中、エリコの町を通った。町を出ようとした時、道端に二人の目の不自由な人が座っているところを通りかかった。
二人は、そこを通り過ぎているのがナザレのイエスとその一行だと知り、声を張り上げ懇願した。「主よ、ダビデの子よ、わたしたちを憐れんでください!」
“あわれむ”という言葉には、一般によく知られている同情するというのとは別に、生きるか死ぬかの権利を握られているような罪人を、罰しないで許そうという慈悲、情け、容赦、そういった意味もある。
障碍や重い病気などが罪の報いであると信じられていた時代のこと、もしかしたら、この二人は単に障碍を持つ者への慈悲を求めただけではなく、救い主と噂されていたナザレのイエスに、罪の赦しを願ったのだろうか。
この時、周囲の人々は二人を叱りつけて黙らせようとした。罪人であるはずの者が、声を上げて訴えることなど許さないという傲慢な姿がそこにある。しかし、二人はますます激しく叫ぶ、「憐れんでください」と。
その声は主イエスに届いた。そして主イエスはたずねる、「何をしてほしいのか」二人は答えた。「主よ、目を開けていただきたいのです」

・チムグリサ

沖縄の言葉に、チムグリサというのがあると聞いた。
小学校の校長先生が、戦争の犠牲になった子どもたちの顔を思い浮かべた時、その心境をチムグリサと表現したという。「はらわたをえぐり取られるような心境」という意味だそうだ。
新潟県中越地震から二ヶ月後の昨年一二月、関東教区の紹介でマリンバ奏者チャン・エリョンさんを招いて震災復興支援コンサートを教会で行った。疲れやストレスがたまって休まる間もない生活の中で、少しでもホッとできる時を地域の方々に提供したかった。
コンサートの中でチャンさんが「震災の翌日、夕食の時にテレビをつけたら震災のニュースが流れた。すさまじい被災地の映像を見ていたら、悲しくなって辛くなって涙が出て、食事がのどを通らなくなった」と語り、大粒の涙をこぼした。その演奏が、このような思いと共にここにやってきたことを知った被災地の人々の目からも、涙が止めどなく溢れた。
教会での震災復興コンサートは、チャンさんの他に、沢知恵さん、JCブラザースと、これまでに三回行われた。コンサートのタイトルはいずれも「元気をもう一度」とした。これは、北海道の養護学校の生徒たちが贈ってくれた言葉。
教会ボランティアセンターで活動した養護学校の先生が、帰宅後生徒たちに被災地での働きを通して見聞きしたことを生徒たちに話して聞かせた時、生徒たちから「何かをしよう」と声があがり、被災地に言葉を贈ることになった。その言葉を選ぶ時、病気や障碍で苦しんでいる上に、周囲から「がんばれ!」という一見励ましと思われる言葉によってさらなる苦しみを負わされている生徒たちは、「元気をもう一度」という言葉を選んだ。この言葉には、なかなか理解され得ない苦しみを担っている者であればこその優しさ、そして光を見いだす力強い響きがあった。
沖縄の校長先生、チャンさん、そして養護学校の生徒たち、みんな小さくされた者に寄り添おうとすればこそ、そうした人々が発する心の叫びに耳を傾けることができるのだということを教えられた。
目の不自由な二人の訴えを聞いた主イエスは、深く憐れんだ。まさに、チムグリサの心境だったのではないだろうか。

・閉ざされていた心に

主イエスが抱かれた憐れみには、一緒に苦しむというニュアンスがある。目が不自由なだけでも辛いだろうに、その上罪人とされて虐げられてきた二人への、まさに自分の体を切り刻むほどの痛切な思いやりが、そこにはある。
単なる同情心ではない。共に苦しみを分かち合い、自らの事として受け止め、そしてその苦しみから解放してくださろうという愛の行為へ主イエスは私たちを導いていく。
主イエスは二人の目に触れてくださった。すると、二人の目はたちまち見えるようになった。奇跡的な癒しの出来事だ。
でも、それだけではない。罪人として誰もが忌み嫌い、差別していたこの二人に対して主イエスだけはそうではなく、他の人と同じように接してくださり、この二人の訴えに耳を傾け、そして憐れんでくださったのだ。
それは、肉体的な意味でのいやしのみならず、彼らの閉ざされていた心に、光を与える出来事でもあった。罪人にも理解と憐れみをくださる方がおられる、このことこそがこの二人を真に苦しみから解放した出来事であっただろう。まさに、主イエスは罪からの解放者であった。
この真の解放者の姿に、周囲の人々は何を見ただろう。二人の叫びが私たちに向かってくる、「私たちは、誰の目を開けて欲しいと叫んだと思うか?」
自己中心的な歩みの中で、隣人の苦しみを理解せず、そこに寄り添おうとしない私たちに向かって、小さくされた者たちが叫んでいる、「みんなの目を開いて!」と。

・一つの体

だから、主イエスの姿を見て、小さくされた者は罪人だという先入観から解放され、今から自分も同じようにしようと志す者が現れて出てきたに違いない。そのことがまた、二人のいやしではなかったか。
教団、そして関東教区の震災復興支援は、「一つの部分が苦しめば、すべての部分が共に苦しみ、一つの部分が尊ばれれば、すべての部分が共に喜ぶのです」という聖句に基づく祈りから進められている。被災地にとって、この祈りこそが大きな慰めであり励ましとなっている。なぜなら、私たちの声にも積極的に耳を傾けてくださる大勢の兄弟姉妹がいることに気づかせてもらえるからだ。
私たちの中に生きて働き、私たちを通してご自身を現される方は、その御手をもって人を結び合わされる。それは時に辛く苦しい試練の出来事の中で示され、ともするとそれまでの絆を引き裂くかも知れない厳しささえある。でも、その御手に触れられて開かれた瞳は、人を人としてしっかり見つめる力を帯び、必ずや共に生きる道を見いだしていくことになる。
それは、主イエスがこの出来事を通して私たちに教えてくださったこと。主は私たちと共におられる。私たちが強い時も、弱い時も。
(十日町教会牧師)

 

【4586号】賽銭箱に向かう

「赤バッチになりました」と言い、少年はいつに無くうれしそうである。この日の面接は積極的に自分から話をするのであった。少年院の篤志面接委員をしている。少年達と面接をすることで更正指導を行い、社会復帰の備えをするのである。
しかし、少年達は自らが望んで面接を受けているのではなく、少年院の指導のもとに面接に臨む。本来は少年達がいろいろ相談を持ちかけるのであるが、何を相談してよいか分からない。そこでこちらから話しかけ、現状や将来について話し合うのである。
少年達は窃盗、猥褻、薬、暴走運転、放火等により保護されている。比較的に多いのは放火である。それも火災まで考えていないようで、軽い気持ちでゴミ箱や物置等に放火するのである。軽い気持ちであるが、そこに至るのは多くの場合、孤独にさいなまされてのことである。神社仏閣の賽銭箱から盗んでは遊びの資金にしていたと言い、教会は表に賽銭箱がないので魅力が無いとも言う。
教会は孤独な少年達を受け入れるだろう。しかし、賽銭箱が表に無い教会は少年達にとって魅力が無く、中に入っても同世代はいない。高齢者が多く、自分の居場所が無いのである。賽銭箱に向かう少年達の祈りを聞いてあげたい。
赤バッチになると、まもなく出院準備となる。社会に復帰して、再び賽銭箱の前に立つとしたら、自らをささげるものであることを祈りたい。
(教団総会書記 鈴木伸治)

【4586号】人ひととき 橋本恵子さん

私の思いを超えたところで

両親がクリスチャン。教会に行くのが当たり前の生活だった。音楽に触れたのも、「将来奏楽のご奉仕ができれば」という親の祈りだったという。ピアノを習った先生が、本来声楽が専門だったこともあり、声楽の道に進んだ。
「自分は今のまま、長く歌手として生きることができない」限界を感じ、自分を崩したいと願うようになった。ミュンヘン音大に留学中だった。「でも、崩れる時って人間の想定内の崩れ方をしないんですね。本当に何もなくなりました」声を壊し、歌えなくなった。さらに帰国後、病が追い打ちをかける。「喉にかなり大きなポリープが見つかり、手術が必要になりました。声帯は筋肉ですから」。手術すると、またゼロから鍛えなければならない。
声を失って、歌えなくても教会は受け入れてくれる。できる範囲の奉仕もさせてくれた。「それがかえって嫌でした。私はこんなに弱いの。私に構わないで」と思った。しかし誰にも言えなかった。「○○して下さい」という祈りしかできない自分も嫌だった。そのため、一時教会を離れもしたという。けれどもその時、「イエス様だけは『私は弱いの』という叫びを聞いてくれた。今は弱くても、と思っています」幸い、経過は良く、再び歌うことが許された。
オペラの現場は、自分を前に、前にと出す仕事。いつも、人と自分を比較していた。舞台の上でも「あの人に比べて自分は」の連続だった。しかし、信仰によって、人との比較が不必要になった。そのため、かえって舞台の本質や物語の性格を把握できたこともあるという。
「今思うと、苦しい時『こんなに苦しくて祈っているのに、なぜ助けてくれないの』という祈りをずっとしていた。でも、それは自分の望みを自分の思う、目に見える形で与えてほしいと思っていただけだった。でも神様は人間が思う所ではお答えにならないのです」。

【4586号】戦後補償献金について

毎年度、八月の平和聖日と一二月のクリスマスとに呼びかけてきました、この戦後補償献金については今年度(二〇〇五年)が日本基督教団一〇年募金の最終年にあたります。
平和聖日、またクリスマスを機にご協力、ご献金くださいますようご依頼申し上げます。
募金締め切りを二〇〇六年三月三一日としますので、他の機会にもお献げくださるようおすすめいたします。
日本基督教団総幹事
竹前 昇
◎郵便振替(00140-9-145275/日本基督教団)

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