【4587号】人ひととき 真崎みよ子さん

地域の幼子のために

浦和母の会幼稚園は、浦和駅から徒歩で一〇分ほどの住宅街に溶け込むように建っている。園舎は、まったく幼稚園の建物らしくなく、大きな住宅と言った感じである。
この園舎には、真崎さんの幼稚園についての考え方が具体的に表現されている。一つは、幼稚園教育は小学校の単なる準備教育ではなく、学校を幼児のために縮小したものでもないということ。家庭が幼児の人間形成に重要なように、幼稚園も家庭生活、家庭教育の延長でありたいし、家庭と協力し幼児の成長に尽くしたいと願う。もう一つは、この幼稚園の始まりが個人や学校、教会の志によるのではなく、地域住民が自分たちの子供への教育を願い、これによって始められたことがある。この願いにキリスト者たちが協力した。終戦直後のことである。
一つ屋根の下にいるような心地よさ、地域から浮き上がることのない佇まいは、こんな願い、始まりの表れである。
真崎さんは、大学進学の折にはっきりとキリスト教保育を志した。医療関係の道も考えたがその道は開かれなかった。ただ、いずれにしても人の役に立つ仕事に就きたいと早くから思っていた。一時、保育の仕事から退いたこともあったが、それ以外は、これまで一貫してキリスト教保育に関係してきた。
キリスト教との出会いは、幼いときにあった。幼くして父を亡くしたため母方の祖父母に育てられた。その中で近所の人に誘われて教会に。中学一年生のときに受洗。初めて礼拝に出席してから高校卒業まで数えるほどしか礼拝を休まなかった。近所の子を礼拝に誘うのが好きだった。教会の中で良きキリスト者たちに囲まれて過ごしたことが人の役に立つ仕事に就きたいとの思いの土壌となった。
地域の思いによって建てられた幼稚園。創立六〇周年を迎える。延長保育の実施、未就学児の受入れ等を通しても地域に仕えてゆきたいと願っている。

【4587号】お知らせ

★JOCSチャリティ映画会

/時=10月8日(土)14時半と18時の2回

/上映作品=ザ・カップ~夢のアンテナ

/所=千代田区公会堂

/入場料=千円

/申込み・問合せ=JOCS事務局☎〇三-三二〇八-二四一六

【4587号】教育現場への「国旗、国歌」強制の中止を求める要請

内閣総理大臣小泉純一郎様
文部科学大臣 中山成彬様
一九九九年「国旗、国歌法」の成立以来、それまでにもまして全国各地で、学校儀式などにおける「国旗、国歌」の強制が強まっています。
とりわけ東京都では二〇〇四年春の卒業式、入学式での処分が二〇〇名を超え、二〇〇五年も処分者が六三名に及んでいます。このような力による「国旗、国歌」の強制は、法制定時の国会答弁に反するのみならず学校現場に無用の混乱をもたらし、多くの教職員が強いストレスによって心を病み、休職者や早期退職者が増加するという事態を引き起こしています。
天皇への賛歌でもある「君が代」の伴奏を信仰上、あるいは音楽的な理由から拒否した音楽の教師たちが処分に追い込まれ司法の場に問題が提起されています。
また、公立学校のみならず私学に対しても地方自治体当局から「国旗の掲揚、国歌の斉唱」についての通達という形で、圧力が強まっています。
こうした圧力に対して東京や神奈川では「思想、良心の自由」を確保するため「起立、唱和する義務」の不存在確認の提訴を始めています。こうした現場の混乱の原因が「国旗、国歌を指導しなければならない」とした「学習指導要領」にあることは明らかであり、このように教育の内容に関わって国家が教育に介入することはもはや「政治的介入」であることは明らかです。
この点は教育基本法に反しているのみならず、「教育の政治的中立」を原則とする近代国家のあり方から大きく逸脱しているといわざるを得ません。
何よりも「健全な愛国心」がこのような形で、子ども、若者の間に育つはずはありません。教育に携わるものは、この問題を契機に「教育と国家」の関係に深く思いを致し、教育現場を覆っている深い無力感を取り払い、活き活きとした学校を回復することこそ使命というべきです。中央と地方に関わらず、およそ教育行政の衝に当たる人々は、いまこのことを第一の課題とし、現場の混乱を解決するべきであります。
私たちはこのような観点から貴職に対し、教育現場への「国旗、国歌」の強制の動きをやめていただくよう要請いたします。
二〇〇五年八月一〇日
全国キリスト教学校人権教育研究協議会

【4587号】牧師のパートナー

新しい人として
的場 武彦
(下田教会員)

二〇歳で受洗したが社会に出ると会社人間となり、娘の受洗まで教会とは長いご無沙汰期間があった。献身しても妻は妻、自分は自分の生活だったが、四年半前に下田教会から牧師である妻に招聘があったとき主の導きと信じ、妻と共に下田へ移り下田教会員となる決意をした。
◇◇◇
今回振り返ってみて自分が教会員・牧師パートナー・社会奉仕と三つも中心点を持って生活していることに気づかされた。
教会から「一信徒として牧師と一緒に来て下さい」と言われ、そのつもりで生活し始めた頃「分区牧師夫人の会」の案内状を受け取った。慣例として新任牧師の伴侶へ出した案内状であったかも知れないが、「新しい道を行け」と主が示してくださった気がして出席した。この会に参加したことで牧師夫人の担う役割の多様性や複雑さに気づかされたのが、会社人間からの脱皮の始まりだった。わたしに始まり男性の増加が予想されることもあって会の名称が「牧師パートナーの会」に改定された。「牧師パートナーの会」に参加しない方もおられるが、わたし自身は分区内にある教会それぞれの牧師パートナーと共に歩んでいると感じられる交わりとなっている。
現在、教会内では「広報担当」「会計補佐」を、教区では「財務委員(書記・会計)」をしている。
「広報担当」の仕事は、特伝・クリスマスのチラシ・ポスターづくりやポスター貼り、新聞社・有線テレビ局回りなどである。身近な存在としての教会と教会の活動を町の多くの人に知ってもらうために店に飛び込み、話し込み、自分自身が広告塔のつもりで歩き回っている。報道関係の方達からは、他の地域でも行われているように「教会さんはお寺さんと同じ扱いをします」と言ってもらえるようになった。
牧師から「広報担当係り」を置ける教会は少ないと言われたが、交流のある教会からは「下田教会の広報さん」と呼ばれたりしている。
パートナーが按手を受けたころ教友から、勧められ加入した「ワイズメンズクラブ」(信徒運動から始まり、YMCAをサポートし、青少年育成・地域奉仕の団体)が下田にもあり、引越しと同時に横浜から移籍した。下田のクラブメンバーを通して短期間に地域事情を知り交友関係が増えた。
クラブの活動範囲が教区と重なることもあり、分区・教区の信徒同士の交流の輪も広がり、伝道について、教会生活のあり方について、よい刺激を受けている。
◇◇◇
パートナーが牧師になると判っていたら結婚したろうか? と問われると唸るところだが、パートナーが牧師になったからこそ、教会員・牧師のパートナー・ワイズメンの三つの活動が重なり合う豊かな生活になっているし、一人の人間として私に主が与えてくださった使命、宣教活動の役割が見えてきたのだと思う。
パートナーが牧師になる以前の自分とは全く違う「新しい人としての人生」が展開されており、迷い出ることの多かった弟子を用いてくださる主の恵みを実感している。

【4587号】消息

ウィリアム・H・W・ジャクソン 氏(神愛教会牧師)

六月二四日、逝去。八六歳。北アイルランドに生まれる。一九四九年英国エマヌエル聖書神学校卒業後、五三年来日。六八年上山教会に赴任。七二年から神愛教会牧師を務めた。遺族は妻の信(ノブ)F.さん。連絡先/静岡市清水区沼田町8-5

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