【4588号】一日も早く募金目標達成を 「新潟県中越地震」被災教会会堂等再建支援委員会

九月一日(木)、 第五回「新潟県中越地震」被災教会会堂等再建支援委員会が開かれた。
(1)事務局報告
第34総会期第二回常議員会において「『新潟県中越地震』被災教会・被災地を覚える主日制定に関する件」が原案通り可決された。
(2)関東教区報告
「新潟県中越地震」を覚える主日制定に基づき、記念礼拝を実施する。
(3)協議
関東教区報告の被災状況一覧をもとに、当委員会募金の支出について協議した。①既に教区で立て替え着工済みを含め二教会の補修について支出することを承認(合計 二、九八六、四九〇円)、②被災信徒宅見舞について、関東教区の提案(割賦案)を検討の結果、原案通り支出することを承認(56件合計八、〇四〇、〇〇〇円)、③「新潟県中越地震」を覚える主日の行事を関東教区と当委員会の共催で行い、記念礼拝(於十日町教会)の説教者として小橋孝一委員長を派遣する。
関東教区から毎回詳細な報告を受けている。今回も一七頁にわたる資料をもとに検討を重ねることが出来た。被災教会は震災後、一九年ぶりの豪雪に加え、六月には大雨にも見舞われ、雨漏りが始まるなど震災を原因とする新たな被害が明らかになってきている。また、現在の場所が借地で建て替えが難しいため移転新築を考える教会、地盤崩壊の可能性が大きいため現在地での再建でなく移転を視野に再建計画を練っている教会等、土地取得から始めなければならない所もある。
冬が来ればまた雪との戦いが始まる。昨冬は購入した除雪車でどうにか凌げたが、来冬は雪の置き場が使えなくなるかもしれないとのこと。消雪パイプの復旧が急がれる。
二年間で一億五千万円の募金を目標に始められ、現在その二三% が献げられている。必要な時にすぐ応えることが出来るよう一日も早い目標達成に向け力を尽くしたい。
(朝岡瑞子報)

【4588号】噴火・全島避難から5年が 再開された三宅島伝道所礼拝

福音伝道の灯を消すな

三宅島の雄山が火を噴いて、二〇〇〇年九月二日に全島民避難の指示が出されてから、四年半ぶりにようやくこれが解除となり、今年二月一日帰島が始まった。そして五月一日に島民以外の者も入島出来るようになったのを待って、五月二日、八月二九日、帰島後第一回目、第二回目の三宅島伝道所礼拝を行った。

五月一日(日)夜に竹芝桟橋に向かうロビーは、釣り客等でごった返していた。東京教区東支区三宅島雄山噴火被害救援委員会の木原恵子姉より聖餐式用のパンとぶどう汁を受け取ると船に乗り込む。同姉はぜんそく気味なので、いまだ有毒ガスの流れる島に渡ることは、残念ながら許されない。乗船したのは三宅島で食料雑貨を扱うストアを経営していた田中正之兄、田中恵美姉、うこっけいの養鶏をしていた赤羽美江姉、三宅島高校の校長夫人であった松尾純子姉。委員会側からは米倉美佐男東支区長、倉橋康夫支区書記、国府田佑人師、吉池光会計それに筆者の計九人。
軽い船酔いを覚えつつ翌朝五時過ぎ、雨の降る三宅島に降り立った。港には先に帰島していた、民宿を経営する鎌川文子姉、電気ガス水道の工事に当たる井上けい子姉、それに民宿の主人が迎えてくれた。宿について仮眠、朝食をとって、二台の車に分乗して伝道所関係者宅を廻ることにする。携帯を義務づけられたガスマスクを首よりぶらさげて。
赤羽姉宅、民宿経営の佐々木美代子姉宅、鎌川姉宅、井上姉宅と巡る。このうち赤羽姉は、ガスのため居住禁止地域に指定されている関係で、別の所に立てられてた村営住宅に入居する。鶏舎にはうこっけいの姿はなく、脇に置かれた車はガスのためボロボロになっている。背後の山は、枯れ果てた木が林立している。
午後三時礼拝を始める。伝道所の建物は一九八三年の噴火の際に焼け落ち、そのところが依然危険地帯に指定されているので、再建には至っていない。民宿の畳の部屋における礼拝である。集う者は、これまで名前があがった者一二名。鎌川姉の司会で讃詠”聖なるかな”をもって開始。ルカ福音書一二章二二節以下に基づいて「小さな群れよ、恐れるな」と題して倉橋師の説教。そのあと筆者の司式で聖餐式、田中兄による献金の祈り、米倉師による祝祷をもって、帰島第一回目の礼拝は恵みのうちに終えた。その後、懇談の時を持ち散会。
翌三日は朝に委員会を持った後、田中兄姉の所を訪ね店内の片づけやカヤ刈り等に当たった。そして午後三時半、鎌川姉、井上姉の見送りをいただきながら噴煙たなびく島を後にした。以上が記念すべき四年半ぶりの島での礼拝である。
その後、第二回目が八月二九日(月)にあったが、これを簡単に報告したい。内地からの出席は委員の倉橋師、国府田師、信徒の川上郁夫兄そして筆者の四人。三宅島の人は、鎌川姉、佐々木姉、井上姉、赤羽姉の四人で合わせて八人。場所は、鎌川姉の経営する民宿で行った。「苦難には意味がある」と題して筆者が説教、国府田師による聖餐式を持った。
今回、わざわざ見送りにみえた人々の中に赤羽姉のご主人の姿もあったことは嬉しいことであった。ご主人とは今回お宅に伺ったとき少し話を交わす機会が与えられた。兄の上に神の導きを祈りつつ再会を期して別れた。

ガスマスクを着けてでも

以上、帰島後持たれた二回の礼拝の様子を伝えたが、今後三宅島伝道についてどんな展望を持つことが出来るのか、「救援委員会」はどう考えているかを、以下に記したい。
①この十月より月一回の礼拝を持ちたいと考えている。これはこの度の噴火直前の姿に戻すことである。民宿等を借り代務者や東支区三役等がローテーションを組んで行っていたのであるが、その形にすることである。今回、島の皆さんと話し合い、当面第一月曜日の夜七時より礼拝を持つことを決めた。
いずれは毎週持たれることが望ましい。実はローテーション方式の前には、八丈島の教会より牧師が毎週出向き礼拝を守っていた。その間に、伝道所開始以来初の受洗者が与えられた。いずれの日か御心の日に、最寄りの島の牧師が毎週通ってくれるようになることを願っている。
②場所をどうするかであるが、当面は民宿等を借りて行うことになる。しかしいずれは拠点となる場所のあることが望ましい。「三宅島伝道所」あるいは「三宅島教会」の看板が付けられるような建物の確保である。
かつて島には三八〇〇人がいたが、四年半の間に亡くなったり、島外に住民票を移す人等により、三二〇〇人と減った。今回島に戻った人は、現在約二〇〇〇人である。従ってそこここに空家が見られる。閉鎖した農協建物もあったりする。このような物件を借り受ける、あるいは取得するというのが一つの選択肢としてある。新築ということもあるだろう。これに対する資金はこの度全国から送られた義援金の残金、また前回噴火の際に捧げられ、目下教団において保管しているもの等を充てることが考えられる。
尚伝道所が元あった場所は、草むすままになっているが、ここは先に記した通り、家を建てられない地域となっている。また場所としても島中心部よりは離れ、最適地とは言い難い。いずれにしても、土地を含め物件を得ることは慎重を期さなければならないが、三宅島伝道を志す以上、拠点はあってしかるべきであろう。
③伝道は簡単でない事を覚悟しなければならない。噴火前は七世帯一〇人余で礼拝を守っていた。噴火後、島に残る人は、当面四世帯四人となった。内、伝道所会員一人、他教会員一人、求道者二人である。誠に噴火は島民全ての人々の生活を根底より揺り動かすものとなったが、これはそのまま伝道所にも反映している。わずか四人で何が出来るのかと言うことである。島にある寺と神社、そのいずれかの墓地に全島民が帰属しているということも、伝道の容易でないことを物語る。
それに火山性有毒ガスの噴出である。これがそもそもの元凶である。これが人を島に寄せつけない。島の人々の生活を今なお苦しめている。真夜中でも発せられるガスの避難警報、枕を高くして寝ていられない。本当にガスさえなければ、海の幸に恵まれ、赤こっこが鳴き、ハイビスカスの咲き匂う楽園なのだ。
しかし兎に角、人はここに住まう。この人々に神の愛、キリストの恵みを伝える責任がある。伝道所の灯を消してはならず、これを持続させ、更に明るいものとしなければならない。
今後、島に向かう牧師は、説教し聖餐式を行い、メンバーの相談に与ると共に、『こころの友』等を持って家々を巡り歩き、勧誘に努めるといったことを心がけなければならないだろう。ただし、ガスマスクをぶらさげての伝道で、これは日本広しといえどもそうはないであろう。ガスが流れてきたならばマスクを着け、ガスのない所に移動しなければならない。三宅島伝道は、住民と同じように決死の覚悟を必要とする。
引き続き全国の兄姉に祈っていただかなければならないだろう。ガスの噴出が少なくなるように、止むように、伝道所の姉妹達が守られるように、伝道が進展するように。

(河合裕志報 三宅島伝道所代務者・東京教区東支区三宅島雄山噴火被害救援委員会委員長・西新井教会牧師)

【4588号】荒野の声

▼我が在所では、まもなくゴミ処理が有料化される。不必要なものを駆け込みで処分しようと、ゴミ置き場は毎回山となる。我が家でも教会でも、押し入れ、物置等の点検をし、大胆に処分しようと勇んだが、なかなかはかどらない。▼権威筋?に依れば、一年間使わなかった品物は、その後も九九%不必要で、三年間蔵出ししていないものは、未来永劫要らないそうだ。そんなものかも知れない。▼教会には、二〇〇〇年来使い続けて来たものと、一〇〇年手を触れることのなかったものとが、渾然としている。価値あるものと、無価値なものと、容易に判別出来ない。お宝とゴミとが、同じ部屋の中に積み上げられているのかも知れない。▼「歴史は本来雑多で無目的な出来事の集積でしかない。しかし、そこに歴史家の光が当てられる時…」S・ツヴァイクの一節だが、図書室がゴミ山と化している今、調べようもない。教会にも雑多で無目的な出来事が積み重なる。しかし、そこに信仰の光が当てられる時に、取るに足らないとしか見えない事が重要な意味を持ち、星の輝きを持つ。

【4588号】伝道メッセージ

ヨシュア記一章一~一〇節

足の裏が踏む所 姫井雅夫

教会は、イエス・キリストの十字架による救いの恵みに与った人々の集まりです。ですから教会ではまずその人々によって神を礼拝します。しかし、それで終わってはなりません。主は「全世界に行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えなさい」(マルコ16・15)と遺言なさいました。ですからその人々は出て行き、福音を宣べ伝える活動を始めたのです。
よく言われることですが、日本のクリスチャン人口は一%の壁を超えられないでいます。どこにその理由があるのでしょうか。日本の長年にわたる異教的風習、江戸時代から受け継いでいる地域の結束、この世的な価値観など、多くの理由をあげることが出来ると思います。
最初に述べたふたつのこと、礼拝と宣教(伝道)がしっかりなされていたら、その壁を破ることが出来ていたのではないか、出来るのではないかと思います。礼拝が、初めて来られる方にも受け入れられるようなものなのか。教会員の自己満足的な儀式や意味の分からない讃美歌で終始していないだろうか。受付のあり方、会堂の照明、換気、衛生的なトイレ、礼拝のプログラムなど焦点を彼らに合わせていく必要があるでしょう。
もうひとつは宣教・伝道です。教会がいつの間にか内向きになっているのを感じます。牧師は役員の顔色を伺い、役員は自分達のやりたいことを企画し財を用います。でも教会の外には福音を知らずに滅びに向かっている人々でごったがえしているのです。外に目を向けないで、伝道をしないと教会に来る人は限られ、次第に礼拝もさびしいものになっていきます。
教会は「聖なる者たちは奉仕の業に適した者とされ、キリストの体(教会)を造り上げてゆき」(エフェソ4・12)にあるのですから、私たちの教団に属する教会だけでなく、日本中の教会がそのことに励むなら、一%の壁を破って前進していけるのではないかと思うのです。主のみこころは「すべての人々が救われる」(一テモテ2・4)ことですから、聖徒(信徒)を整え、伝道の業に励むことでしょう。

一、継続されねばならない

ヨシュア記一章を見ると、「モーセが死んで」「ヌンの子ヨシュア」に主が仰せになりました。
つまりモーセからヨシュアにバトンが渡されたのです。信仰は、アブラハム、イサク、ヤコブと継承されていきました。
同様に伝道の働きも人から次の代の人へと引き継がれていかねばなりません。主の弟子たちからパウロに、そしてさらにテモテにと受け継がれています。
私たちの信仰と伝道の働きも前の代の人から引継ぎ、そして今、私達の次の代の人々に引き継いでいただこうとしています。
次の代の人々を整え、奉仕の働きへと向かわせることが出来ないと将来がありません。
私たちの子どもたちは信仰を継承しているでしょうか。
そして伝道の業にあたっているでしょうか。
主よ、継続されるようお助けください。

二、人の服従

主はモーセに継いでヨシュアを立てました。そして言われました。「あなたはこの民すべてと共に立ってヨルダン川を渡り、わたしがイスラエルの人々に与えようとしている土地に行きなさい」。ここに従うべき三つのことが記されています。
『立って』  仲間だけで座り込んではいけません。教会が親しい人々だけのクラブと化し、楽しい交わりに明け暮れするようになると、新しい人々は入りにくく、彼らは一度は教会に来ても再び戻ってはこないのです。
伝道のために、救霊のために立ち上がりましょう。
『渡り』  ヨシュアたちはヨルダン川を渡るようにと言われました。そして渡りました。橋のない川を渡ったのです。大勢の民を率いて渡ったのです。
伝道しようとすると幾つもの川、障害、阻めるものが出てきます。それを恐れてしりごみしてはなりません。
人材がない、財もない、時もない。ないないづくしで、伝道する気力もないではどうにもなりません。
伝道のために、救霊のために障壁を乗り越え、渡って行きましょう。
『行く』  与えようとしている地へ行くのです。行くためには勇気が必要、体力が必要、気力も必要。忍耐もいります。さらに信仰が必要です。
「あなたたちの足の裏が踏む所をすべてあなたたちに与える」と言われるのです。マルコ16章にあるように「全世界」が対象です。しかし、実際には世界の隅々まで私たちが足を運ぶことは出来ません。出かけていく宣教師のために祈り、支援しましょう。
でも私たちが行ける所へは行きましょう。足を運びましょう。足の裏で踏んで行きましょう。
キリストに関する文書、チラシ、トラクト、教会案内を配るために、一軒一軒歩きましょう。犬にほえられながら、「こんなものいらないわよ」と浴びせられる声を耳にしながら、歩くのです。足の裏で踏んで、配布するのです。
家庭を訪問しましょう、病院を訪ねましょう、施設に足を運びましょう。そこには私たちが行くのを待っている人々が必ずいるのです。

三、神の業

主よ、あなたの仰せに従えるようお助けください。
私たちが立ち上がり、川を渡り、出かけて行き、足の裏で踏んでも、そこに神の業が伴わねば成果を見ることは出来ません。「聖霊によらなければ、だれも『イエスは主である』とは言えないのです」(一コリント12・3)と聖書は言っています。
ヨシュア1章3、5、9節には神ご自身が臨んでおられる姿を見ることが出来ます。神はじっとしておれないのです。神は私たちと共に伝道の業、宣教の業にあたってくださいます。
しかも主と共に、主のために、主の業にあたることは光栄なことです。実りの豊かなものです。「動かされないようにしっかり立ち、主の業に常に励みなさい。主に結ばれているならば自分たちの苦労が決して無駄にならないことを、あなたがたは知っているはずです」(一コリント15・58)
日本基督教団の教会が「伝道・宣教」に心燃やして行くならば、日本のキリスト教界(教会)は大きな変革をもたらすことでしょう。「霊に燃えて、主に仕え」(ローマ12・11)てまいりましょう。
政財界が混沌としている現在、教会は純真な信仰(二テモテ1・5)をもって教会の業に取り組んで行きましょう。
(赤坂教会牧師)

【4587号】ユダヤ人との距離

戦後六〇年という節目にあってさまざまな声明、謝罪、あるいは決意表明がなされている。それら一つ一つの重みを受止めていかねばならない。
しかし、今一つ「近くて遠い」
問題について考えてみなければならないのではないかと思うことがある。それはホロコーストについてのことだ。
ユダヤ人六〇〇万人の虐殺について直接的に日本は関与もしていないし、責任もないという。しかし本当にそう言い切れるのだろうか。
日独伊三国軍事同盟のもとドイツのナチスによるユダヤ人迫害さらには虐殺について日本も密接なドイツとの関係から知っていたにちがいない。しかし、結局は座視、無視したのではなかったか。
この点、日本にとってホロコーストに対する痛みは強くあるべきはずだ。
特にキリスト者にとってはイエス・キリストはユダヤ人だったということ、ユダヤ教からキリスト教が生まれたこと、そのことからしてもユダヤ人問題の距離は日本人の中では誰よりも近いはずである。ところが実際は遠い問題として関与していない。これが、近くて遠いという所以だ。
イスラエル、パレスチナの問題とも相俟ってユダヤ人との距離はますます遠くなっている感じがする。
しかし、この距離を縮めていくことも戦後六〇年ということの一つの課題ではないかと痛感する。
(教団総会議長 山北宣久)

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