【4912・13号】▼宣教研究所委員会▲ 今期研究テーマ担当者を決定

 第3回宣教研究所委員会が、9月2日に教団会議室において全委員の出席と道家紀一担当幹事の陪席により開催された。岡本知之委員長の開会祈祷に続き、第2回議事録案を承認した。

 次に、今総会期の研究テーマについて協議する際に、今後の進め方に関する委員長提案を承認した。①テーマ担当責任者を決める。②各テーマの自由討議をする。③論文を執筆する研究員を決める。④研究員を招き執筆中間報告会を行う。⑤研究員に研究発表として論文を提出してもらう。

 今回の委員会では、①〜③を取り扱うこととし、①に関しては各テーマ並びに「宣研だより」等の担当責任者を以下のように決定した。「教会の霊性」熊江秀一、「教会のダウンサイジングの問題」柴田彰、「日本人の宗教性とキリスト教」寺田信一、「教会と付属施設」小林光、「SNSと伝道」岡本知之、「宣研だより編集」高橋和人、全体の相談役、長山道。

 ②と③に関しては各テーマの自由討議後、研究員となる候補者を1〜2名ずつ挙げた。次回の委員会までに各担当責任者が候補者と連絡を取り、論文執筆依頼を打診し内諾を得る。正式な委嘱状は、次回の委員会での承認後に発送する。予算並びに作業工程に関しては道家紀一担当幹事の意見も踏まえ、今後調整していくことを確認した。

 「宣研だより」に関しては2020年度に発行することとし、巻頭言は岡本委員長、各研究テーマに関しては5名の担当責任者が執筆する。

 高橋委員の閉会祈祷をもって終了した。(小林 光報)

【4912・13号】♦︎テゼ黙想ツアー♦ PCTテゼプログラムに合同し初参加

 台湾基督長老教会(PCT)のテゼ黙想ツアーが8月23日から9月5日に行われた。PCT台中学生センターの潘忠杰牧師が始めた企画で、2回目の今年は教団も誘いを受け、合同のプログラムとして実現した。

 参加者はPCTが16名、教団が7名、内引率各1名であった。メインは8月25日から9月1日に、テゼ共同体で行われる18〜35歳の青年たちのための国際的集いに参加し、黙想することで、ヨーロッパを中心に世界各地から約2000人の青年が集まった。

 テゼ共同体は1940年、スイス出身のブラザー・ロジェによって、フランス・ブルゴーニュ地方の小さな村「テゼ」に創設された超教派のキリスト教男子修道会で、分裂や争いのある世界で、『見える和解のしるし』となることを目指して始まった。修道士(ブラザー)たちが、教派の違いを越えて、共に祈りと労働の生活をする。テゼは、深い沈黙の中での祈りを大切にし、朝昼晩の祈りは、長い沈黙、祈りの歌や聖書の朗読によって進められる。「内なる信仰を深めること」と同時に、「苦悩する人々との連帯」を創設からの大切な指針とする。

 滞在中は朝昼晩の祈りの他に、ワークショップ(聖書研究、環境・社会問題、芸術等)や、それぞれのワークをして過ごした。ワークは初日に全員が一つ選ぶ。内容はトイレ掃除、食事の配膳・片付け、礼拝準備、ゴミ捨て、聖歌隊等。その週に招かれた人で共同体の生活が維持される。今回日本の参加者は、聖歌隊と夕飯準備の奉仕をした。日々は単純素朴で、全ての営みが祈りに向かって生活する一週間であった。

 また期間中には台湾と日本の他に、韓国、香港、中国の青年との交流やブラザーと一緒に食事をとり、話をする時間も与えられた。今回の参加者はすでに教団海外派遣プログラムや青年活動に関わる青年が多く、リーダーシップをとる彼女、彼らが一度立ち止まって神様と関係を築くことに集中し、忙しさから離れて自分を見つめるプログラムであった。

 なお、詳細は世界宣教委員会Facebook上に、参加者の報告と写真を載せているので、合わせて参照してもらいたい。(廣中佳実報)

【4912・13号】委員会コラム 伝道委員会 伝道の情熱の共有 古屋 治雄

 伝道委員会は新総会期に入り、申し送り事項を継承していくことに追われているのが現状です。どれも大事な活動であることは言うまでもありません。開拓伝道援助金、会堂貸出金の対応等、各個教会・伝道所への伝道に直結する持続的財政援助について、限られた原資を公平性をもって大胆に運用していかなければなりません。

 伝道委員会主催で開催されてきた教区伝道委員長会議や農村伝道に関する協議会は、機構改定を踏まえて抜本的に見直していく必要があると思います。その他、伝道委員会に託されていることの中には、文書伝道、教誨活動の支援などがあります。

 今総会期の宣教委員会は、委員会そのもののあり方を検討する意図をもって伝道、教育、社会の三つの常設委員会から2名ずつ委員を出して構成されています。教団として宣教委員会をどう位置づけ改定していくかが課題となっています。

 教団機構改定が現在重要な検討課題となっています。そのような中、今総会期に優先されるべき役割は何かが問われています。教団、諸教区、諸教会・伝道所これら三者の間にいかにダイナミックな関係を構築することができるかが中心的課題です。

 そこで「何とかして何人かでも救うためです」という情熱が共有されるとき、新しい態勢が形成されるでしょう。(伝道委員長)

【4912・13号】事務局報

菊間俊彦氏(隠退教師)
 19年8月28日逝去、90歳。大阪府生まれ。55年東京神学大学大学院卒業。同年より代田、村上、大磯、駒込教会を牧会し、06年隠退。

 遺族は妻・菊間幸子さん。

 

米田 孝氏(隠退教師)
 19年8月24日逝去、91歳。北海道生まれ。54年日本基督教神学専門学校卒業。同年より新津、青山町教会を牧会し、酪農学園三愛女子高等学校に務め、武蔵野扶桑教会を牧会し、94年隠退。

 遺族は妻・米田朋子さん。

 

大住雄一氏(東京神学大学神学教師)
 19年9月5日逝去、64歳。東京都生まれ。83年東京神学大学大学院卒業。同年より大宮、用賀教会を牧会し、東京神学大学に務める。

 遺族は妻・大住真理さん。

【4912・13号】宣教師からの声 東京女子大学の創設者たちの志

佐野 正子

(東京女子大学現代教養学部教授)

 東京女子大学(Tokyo Woman’s Christian University)は、日本で最初のキリスト教主義の女子高等教育機関のひとつとして、1918年に創立され、2018年に創立100周年を迎えました。開学当時の日本の教育制度では、大学の門戸は女子に対して閉ざされていましたが、本学はあえて「大学」と名乗り大学に相当する課程を設け、キリスト教の精神に基づく最高のリベラル・アーツ教育を目指しました。女子にも高等教育をという新しい時代を切り拓くための挑戦であったと言えます。

 創立当初の英語名は“Woman’s Christian College of Japan” でしたが、第二次世界大戦後に“Tokyo Woman’s Christian College”とし、1976年に現在の英語名となりました。本学の英語名は、一人ひとりを大切にするというところから、創立以来“woman”と単数で表しています。

 本大学の創立の起源は、1910年6月に英国のエディンバラで開かれた世界宣教大会(The World Miss-ionary Conference)にさかのぼります。教派を超えて一致協力して世界宣教に当たろうというエキュメニカルな高まりの中で開催されたこの大会において、「東洋にキリスト教主義に基づく高等教育機関を設置する」との提案が採択されました。その翌年大会の教育委員会アメリカ部代表者であったジョン・F・ガウチャー博士が来日し、各教派の宣教師や日本の代表的なキリスト教教育者たちとキリスト教主義の大学の設立の可能性について協議を重ねました。その結果1912年12月、日本に女子の高等教育機関をつくるための促進委員会が米国で設けられ、促進委員会は日本で女学校を営むプロテスタント諸教派に協力を仰ぎ、女学校の上にあった専攻科あるいは高等科を一つところに合同させ、女子の高等教育を各学校が個々に目指すのではなく、女子大学へと一本化することになりました。

 本学の設立の主体となった6つの伝道社団は、⑴アメリカ・バプテスト教会、⑵基督教会(ディサイプルス)、⑶カナダ・メソジスト教会、⑷メソジスト監督教会、⑸アメリカ・長老教会、⑹アメリカ・改革派教会です。創立当初の理事会は6つのミッションスクールの代表の宣教師10名と日本人キリスト者5名で構成され、本学の創立は教派を超えて国内外のキリスト者たちが協力し祈りを共にした結実でありました。

 初代学長の新渡戸稲造、学監の安井てつ、常務理事のA・K・ライシャワーは、東京女子大学の礎を築いた3人です。

 新渡戸稲造は、札幌農学校教授、第一高等学校校長、東京帝国大学教授を歴任後、本学の初代学長に就任、その後、国際連盟事務次長を務めた国際人です。第1回卒業式の祝辞の中で、学長として本学の教育の目指すべき事柄を次のように語っています。「本校においてはキリスト教の精神に基づいて、個性を重んじ、世のいわゆる最小者(いとちいさきもの)をも神の子と見なして、知識よりも見識、学問よりも人格を尊び、人材よりも人物の養成を主としたものであります」。有用性ばかりを重視して人材養成に重きを置く現代の風潮に対して、「人格を尊び」、「人物の養成を目指す」と言う新渡戸学長の言葉は、時代を超えて私たちに訴えかけています。

 新渡戸学長のもと学監を務めた安井てつは、1923年に第2代学長となり、国家主義が高まり、日中戦争、第二次世界大戦に至る暗黒の時代に、キリスト教高等教育機関としての本学を守り抜きました。

 A・K・ライシャワーは、明治学院高等学部長を務めるかたわら本学の設立に参画し、設立代表者・常務理事として、創立期の困難な財政を支えました。

 本学は、キリスト教大学として立ち続けるためには、大学の礼拝こそがその要であるとして、第二次世界大戦の苦難の中でも礼拝を途切れることなく守ってきました。1938年に建てられたアントニン・レーモンド氏の設計による白いチャペルは、本館や講堂と共に黒く塗られ戦争中の被災から免れました。正門から入ってすぐ右側のチャペルの白い尖塔は今も大学のシンボルです。

 日々の礼拝は、月曜日から金曜日までの毎朝1限と2限の間の10時半から10時50分まで行われ、毎日100名前後の学生が集っています。チャペル正面と左右両側を囲んでいるステンドグラスから朝の清々しい光が差し込み、パイプオルガンの美しい調べを聴き、賛美し、聖書のみ言葉と説教に耳を傾け、神様と向き合い、心静かに自分を見つめる中で、学生たちは確実に何かを感じ取っています。本学の建学の精神は、「キリスト教の精神をもって、人格形成の基礎とする」というものです。礼拝こそ学生たちの人格形成の基礎となっていると確信しています。

 少人数教育により学生一人ひとりを大切に育て、キリスト教に基づく人格教育を行うという教育理念を、本学は創立以来100年間大切にしてきました。創設者たちの志を私たちも受け継ぎ、どんなに社会のニーズが変わろうとも、変わらない「すべて真実なこと」(QUAECUNQUE  SUNT VERA。本学の標語、フィリピの信徒への手紙4章8節。本館正面壁にラテン語で刻まれています)を心に留めて、これからの100年に向けて歩みを進めてまいりたいと思います。
(Kyodan Newsletterより)

  • 共に仕えるためにPDF

    牧会者とその家族のための相談電話

    International Youth Conference in Kyoto

    日本基督教団2017年度宣教方策会議

    公募・公告

    エキメニュカル協力奨学金 申込書類一式

    日本基督教団年鑑2019年版

    よろこび

    日本基督教団 伝道推進室

    東日本大震災救援対策本部ニュース

    教団新報 archive

    教日本基督教団 文書・資料集 申請書等ダウンロードコーナー

    月間 こころの友