【4880・81号】教区議長コラム 東京教区 東京教区と五支区

 東京教区には約250の教会、1万7000人の現住陪餐会員が属しています。

 教区は東、西南、南、北、千葉の五支区を置き、各支区が支区内諸教会の連帯をはかりながら伝道に励んでいます。

 教区には、東支区の伊豆諸島の教会、千葉支区の千葉県農漁村地域にある教会が属しています。両支区を通して関係を維持し、それぞれに宣教費、経常互助費を予算化しています。また教団伝道資金教区伝道方策交付金を活用して「離島教会交流」「伝道キャラバン(千葉県)」などを実施しています。

 教団信仰告白を奉じ、教憲、教規を遵守することを基本方針に、五支区の一致をはかり、支区相互の情報交換や教区活動への協力をお願いするため、教区五支区長会を置いています。

 教区伝道部、教育部、社会部も各支区各部との連絡調整と教区としての課題を担うために活動しています。各委員会も各支区を通して各教会へ、また各教会から支区を通して教区へとの関係を維持し教区活動を進めています。教区と支区との関係をさらに強化し、支区の活動が地域への伝道の進展となるよう願っています。

 教区には教区総会未開催時以来の負担金等未納問題があります。その解決のため、まず教団台湾協約委員会から要請のあった教区内の高田馬場台湾教会、池袋台湾教会、千葉台湾教会、西東京教区の東京台湾教会の累積未納負担金免除を承認しました。また年度報告書未提出教会の負担金を再計算し、減免措置を実施することを承認しました。いずれも過大となった未納負担金の解消に向けて、教会、支区、教区の関係をよりよくするためです。そして各教会の伝道と運営の妨げにならないよう願ってのことです。(東京教区議長 岸 俊彦)

【4880・81号】消息

川端由喜男氏(隠退教師)
 18年3月2日逝去、94歳。東京都生まれ。50年東京基督教神学専門学校卒業。同年より二宮、国府、信愛、清瀬信愛教会を牧会し、94年隠退。
 遺族は娘・秋元慈子さん。

【4880・81号】伝道のともしび この町には、わたしの民が大勢いる 石川 榮一

 今年3月11日は、司会者と牧師が東日本大震災を覚えて祈り、続いて出席者も同じ思いをもって礼拝をささげました。教団及び関東教区から支援金を受けたことに感謝し、同時に同じ被害に遭われた東日本の地と、そこにある教会との連帯の思いを深める礼拝でもありました。

 わたし自身は佐野教会に赴任してまだ2年目で、震災を経験していなかったので、当時の支援金額や、その用途について役員の方に尋ねた結果、次のような報告を受けました。「外壁塗装工事、落下した2階天井の修理、礼拝堂及び休憩室の床の張替え、クロスの張替え」など。

 こうして新しく出発したわたしたちの教会は、小さな群れですが、栃木地区の諸教会の祈りと具体的なお支えをもいただいて、希望をもって前に向かい進ませていただいております。このこともまた、感謝です。

 昨年のクリスマスには、ひとりの洗礼者が与えられました。わたしの娘で、心の病を持っておりますが、佐野教会の婦人会の方々の暖かい見守りによって、聖餐に与り、教会生活を喜んで送っています。わたしたちの教会では礼拝後、毎週、愛餐の時をもっていますが、心のこもった手作りのおいしい料理をいただくことも、彼女にとってはこの上ない楽しみのようです。

 伝道活動の基本方針として、2018年度は使徒言行録から「この町には、わたしの民が大勢いる」(18・10)という御言葉を与えられました。これはパウロがコリント教会の伝道に先立って、彼のうちに語りかけられた主の言葉です。これによってパウロは1年半、コリントにとどまって人々に神の言葉を説教しました。

 わたし自身も教会員とともに、この御言葉に押し出され、秋にはひとりの著名なチェロ奏者をお迎えして、佐野教会では初めてのコンサートを持つことを志しております。

 現在、佐野の市民合唱団に入って第九の演奏会にも出演したりしているのですが、コーラスの方々にもこの教会コンサートの呼びかけを今、始めています。佐野教会にはかつて「みくに幼稚園」という付属幼稚園があったのですが、子供の減少や運営の困難さに伴って、かなり以前に閉鎖となりました。しかし合唱団のメンバーの中には、「わたしも子供のころ、みくに幼稚園の園児でした」、「園庭に藤棚のあった幼稚園が懐かしい」、「キリスト教の雰囲気が好きだった父と一緒に遠くから通いました」という声をたくさん聞いています。その意味で、教会幼稚園・保育園の伝道する役割を今、改めて見直し、その働きの「すそ野」の広さに共に気付いてまいりましょう。

 「この町には、わたしの民が大勢いる」との、この御言葉の確かさを今、真摯に感じさせられています。そして主の御心であるならば、「この町に大勢いるわたしの民」の「絆」が、再び教会の中に生まれることを今、幻に描いています。そして被災地の教会にも、この「絆」が再び、力強く、結ばれることを信じて祈らせていただいています。(関東教区・佐野教会牧師)

【4880・81号】宣教師派遣式

 2月11日、大船教会において高井ヘラー由紀宣教師派遣式が行われた。高井氏は3月に台湾へ行き研究に従事した後、9月から台南神学院に信徒宣教師として赴任する。高井氏は台湾キリスト教史を専門としており、特に日本統治期台湾の日本人プロテスタント教会の歴史を研究している。

 派遣地である台南神学院は、戦時期1940年7月に日本政府が発令した各学校校長を日本人とする命令を拒否した。台南宣教師会が閉校を選んだのである。

 この神学校に教団からの宣教師を派遣する。これは、宣教協約前文にある「日本が台湾を統治していた時代の教会の過ちを神と人の前にざんげしつつ、(中略)相互に交わりを深め協力し合う」ことを目指す宣教協約実践の一歩となると考える。

                *

 2月25日、ニューヨーク北部にあるユニオン日本語教会において上田容功宣教師の派遣式・牧師就任式を行った。通常、派遣式は日本で行うが、上田宣教師がニューヨーク在住であるため、今回は派遣式・牧師就任式を同時に行った。

 ユニオン日本語教会は日本人特別牧会・SMJ(Special Ministry to Japanese)の働きから生み出された教会で、現在、現住陪餐会員2名、準会員2名の小さな群れである。会場を提供してくれているヒッチコック長老派教会やUMC、 RCAのそれぞれの教区から援助してもらって活動が支えられている。

 ヒッチコック教会の伝道活動の中に英語を母国語としない人を対象にしたリビング・イン・アメリカという英会話クラスがある。クラスには毎週70名が参加し、日本人も多くいる。上田宣教師も参加の機会が与えられ、周囲の日本人にユニオン日本語教会の存在を知ってもらうためホームページもリニューアルして励んでいる。

(廣中佳実・加藤誠報)

【4880・81号】人ひととき 佐々木京子さん 新しいぶどう酒は、新しい革袋に

 きっかけは東日本大震災だった。発生二日後の日曜日、宮古教会に行くと、礼拝の時間なのに誰もいなかった。ヘドロに覆われた床に、講壇に向かって一直線にモップが掛けられていた。そこで大声で祈った。「わたしにできることなら、何でもします」と。

 教会はボランティアのYMCAの方々を大勢迎え入れ、それまで少人数で守っていた礼拝の様子はだいぶ変わった。宮古教会とひかり幼稚園の移転で、慌ただしい日々を過ごすことになる。しかし困惑よりも、小さなことでも与えられた一つ一つの恵みを感謝する気持ちのほうが大きかった。何よりも、教会にいる時間が佐々木さんに与えられ色々な人の話を聞く機会が持てた。信仰生活が改めて大切なものとして輝き出した。

 2016年に献堂式を迎えると共に、副園長を引退することを決意した。タイトルのマタイの御言葉どおり、次の世代に委ねたかった。

 しかし、そうした最中に、教区教会婦人会連合委員長の打診の電話がかかってきた。「そんな大役、とても無理」と思ったし、「震災前であれば、絶対に断っていた」と佐々木さんは言う。

 宮古から盛岡に行くだけでも2時間以上かかる。佐々木さん自身、宮古に引きこもっていればいいと思っていた。しかし、多くの方々が当地まで訪ねて来てくれた中で、恵みを実感した。諸教会の交わりの中での信仰生活にも目覚めさせられた。そうした中から、新たな務めを担う勇気が与えられたのだ。

 決して教会婦人会連合の活動に積極的であったわけではない。鄙から出て来た者にとって、中央委員会に出席するため上京するだけでも戸惑うことが度々起こる。それでも多くの皆さんに支えられて、与えられた新しい務めに、喜びをもって仕えている。

宮古教会員。奥羽教区教会婦人会連合委員長。元ひかり幼稚園副園長。

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