【4940・41号】クリスマスメッセージ 平和を歌うクリスマス ルカによる福音書2章8〜20節 竹澤知代志

新しい王の誕生

世界で最初のクリスマスに招かれ、礼拝を捧げた人々には、幾つかの共通点があります。深夜に寒い場所で、孤独な思いをしていたこと、貧しいこと、それでも誇り高いことなどが挙げられます。羊飼いたちこそ、これに当て嵌まります。

ユダヤ人のご先祖は、羊や山羊などの小さい家畜を飼うことを生業としていました。日本人にとっての農業と同様に、一種の聖職です。本来は、誇り高い仕事です。しかし、これも日本と同様に、経済的には報われず、なかなかなり手のない、人気薄の職業になっていました。この地方の、夜には急激に冷え込む気候の下で、時に寝ずの番をして獣や盗賊から家畜を守らなければなりません。

羊飼いが、救世主の誕生をいち早く知らされたのには、もう一つ、決定的な理由があったと考えます。

キリストの誕生とは、つまり、新しい王の誕生です。しかも、この王はエルサレムの都に誕生したのではなく、王族貴族の血筋でもありません。大金持ちでも、祭司でもありません。

そんな新しい王が誕生し、即位したら、何よりも必要になるのは、政権を支える強力な軍隊です。その点、羊飼いたちは、有力な兵士候補です。彼らは、獣や盗賊と戦う必要から、杖や鞭を使いこなすことが出来ます。彼らなら、直ぐに弓や槍を自分のものに出来るでしょう。既に使っていたかも知れません。

多分、馬やロバのような動物を乗り物として扱うことが出来ました。何より、日頃から、集団行動に長けています。これらは、兵隊にとって重要な資質です。羊飼いは兵士として即戦力です。

ここに登場する羊飼いたちは、おそらくは雇われ人でしょう。羊も山羊も彼らの財産ではありません。夜通し働いても、大した収入にはなりません。その貧しさから這い出すチャンスもありません。こうした人々にとって、戦争こそ、金儲け、立身出世の機会です。新しい王の誕生は、世に報われない者にとって、千載一遇のチャンスです。

王が誕生した地、ベツレヘム向かう彼らを援護するように、天の大軍が現れました。

いろいろな戦記に描かれるように、都に近づくに連れ新たに人が加わって来るようなら、間違いなく勝ち戦です。まして、天の軍勢が味方するならば、勝利は間違いありません。錦の御旗を掲げたも同然です。

不遇だった羊飼いたちは、天の軍勢と共に、都に駆け上り、古い王を退け、新しい王を立て、仰ぎ、仕えることでしょう。先駆けとなった羊飼いは、一番槍の手柄で、褒美を受けることでしょう。

乳飲み子を見た羊飼い

しかし、何と、天の軍勢は弓矢を取るのではなく、神を讃美する歌を歌いました。その歌は勇ましい軍歌ではなく、平和を歌うものでした。

彼らが都に攻め上ることはありません。羊飼いたちの希望は、たちまちに潰えました。

しかし、彼らはそれでも何故か、天使に告げられた御子に会うために、急ぎ出掛け、「飼い葉桶に寝かせてある乳飲み子を探し当て」ました。「乳飲み子」です。

「乳飲み子」です。新しい王たり得るでしょうか。まして、軍勢を率いて戦が出来る筈はありません。

もし、彼らが貧しさ、虐げられている境遇からの脱出を夢見たとしたら、彼らの望みは全く絶たれました。最早一縷の望みもありません。

しかし、「羊飼いたちは、見聞きしたことがすべて天使の話したとおりだったので、神をあがめ、賛美しながら帰って行った」と記されています。

乳飲み子を見ただけなのに、彼らは慰められました。彼らは満足しました。乳飲み子を見ただけなのに、彼らの希望は満たされたのです。

彼らが戻って行ったのは、元の荒野です。寂しい、寒い、貧しさだけが待っている場所です。しかし、彼らは慰められました。彼らは満足しました。彼らの希望は満たされたのです。

新しい王を見たからです。その前に跪き礼拝することが出来たからです。

羊飼いは、天使のお告げを受ける前と、その境遇は何一つ変わっていません。しかし、彼らは、決定的に変えられました。

最早、貧しく憐れな羊飼いではありません。救い主に出会った羊飼いなのです。

羊飼いの出来事の後には、不思議な預言者シメオンが登場します。

幼子を胸に抱いた彼は言います。「主よ、今こそあなたは、お言葉どおりこの僕を安らかに去らせてくださいます。わたしはこの目であなたの救いを見たからです」。

「主が遣わすメシアに会うまでは決して死なない、とのお告げを聖霊から受けていた」彼が、幼子に会ったことで、死ぬことになりました。

彼の境遇の変化はそれだけです。ローマの軍隊が追い出され、エルサレムの都が解放されるわけでも、都に暮らす人々の生活が豊かになるのでもありません。

しかし、彼は全く変えられました。「この目であなたの救いを見たからです」。

闇の彼方の光を見詰めて

「現代を言い表す言葉は、不安と焦燥だ」と言ったのは誰だったでしょうか、その現代とは、いつだったのでしょうか。誰にでも、いつにでも当て嵌まるように思います。

現代もまた、不安が支配する時代です。焦燥が私たちを駆り立てます。

私たちは、何かしらの安心材料を求めます。エレミヤ書に現れる偽預言者のように、安心を説く学説に魅了され、これにしがみつきたくなります。その直後に、今度は、一層不安を煽り立てるニュースに、心騒がせ、真実に目を背けてはならないと考え直します。

このような時代にも、クリスマスはやって来ました。東から来た博士のように、何度も見失いそうになった星が、また輝きました。

3・11の年のクリスマス、祭壇の燭火は、特別の意味を持ちました。蝋燭は、世界の闇と、心の暗闇とを、際立たせました。闇をどこまでも見詰め、一筋の光を願い求めました。今年のクリスマスも、闇を凝視し、闇の壁を貫いて、壁の彼方の光を見詰めましょう。(玉川平安教会牧師)

 

【4940・41号】すべての命を守る

コロナ禍の中で迎える今年のクリスマス。キャンドル・サーヴィスもページェントも、愛餐会も取りやめ。この時こそ、肉をとられた神の御子を喜び迎えるクリスマスの意義を考える時となるでしょう。

1年前にローマ教皇フランシスコが日本を訪れた時、各地で大きな集会が開かれました。“We protect all life,with power of love”(「わたしたちはすべての命を守ります。愛の力を持って」)の大合唱と共に教皇が幼子を祝福しながら入場した光景を思い出します。あの時は、長崎や広島から核の使用の非道徳性を指摘して、すべての命を守る責任があることを世界に訴えていましたが、期せずして「すべての命を守る」責任はコロナウイルスの危機に怯える世界にあって新たな課題をわたしたちキリスト者に突きつけることになりました。

最近、世界教会協議会と教皇庁諸宗教対話評議会との連名で「諸宗教の連帯による傷ついた世界への奉仕−コロナ危機とその後における省察と行動を求めるキリスト教の呼びかけ」が出されました。キリスト教諸派だけでなく諸宗教が連帯して、「弱い立場におかれた人を支え、苦しむ人を慰め、痛みと苦しみを和らげ、全ての人の尊厳を確保するよう努めましょう」と勧めるものです。この時に当たって、「わたしの隣人は誰か?」の問いに立たせられます。

(教団総幹事 秋山 徹)

【4940・41号】伝道報告 神に栄光、地に平和 (福)牧ノ原やまばと学園理事長 長沢 道子

私どもの活動は、重度知的障碍児のための入所施設「やまばと学園」を、1970年4月に開設したことから始まります。

榛原教会(長沢巌牧師)関係者が中心になって開設しましたが、国の認可を受けるには、教会ではなく社会福祉法人でなければならないので、法的には、「(福)聖隷保養園(現在の聖隷福祉事業団)」の一つの施設として開始。実質的な責任は「やまばと学園運営委員会」が担いました。9年後に「(福)牧ノ原やまばと学園」として独立。本年は、創業50周年に当たります。

最初の施設建設の定礎式(着工に当って聖書を礎として地中に埋める式)において、長沢巌は、神を賛美し、その導きに感謝し、工事従事者の安全と、み旨に適う建物の完成を祈ると同時に、こうも祈っています。

「やまばと学園が建つことによりまして、子どもの親たちばかりでなく、この地域全体が、また協力して下さる方たち全てが深い恵みを受けることができますように」と。

この祈りは、今なお続いている私たちの祈りでもありますが、50年を振り返ると、神様からの応答がそこかしこに見えます。

50年前、「悪いことをすると、やまばと学園へ入れるぞ」と脅かされて育った地域の子どもたちも、今では、当法人の職員や施設長になり、共生社会形成のため喜んで働いています。

近隣の婦人は、職員が身振り手振りで重度障碍児に挨拶を教える様子に感動し、そのエピソードを幾度も息子に言い聞かせたそうです。十数年後、民生委員になった息子さんは「やまばと」支援者の一人にもなり、そのつながりの中で、地域の人々が大勢、餅つき等の奉仕に来てくれるようになりました。

1983年、最前線で働いていた長沢巌が、髄膜種摘出手術の結果、全く予期しなかった最重度の心身障碍者に。この想定外の深刻な事態に、「やまばとはつぶれる」と案じた人もいましたが、不思議なことに、事業の規模からだけ言うと、創立期よりも幾倍も大きくなっています。

入所施設で始まった当法人の働きですが、今では通所施設や、訪問介護、相談支援等、地域で暮らす障碍者や高齢者を支える活動が増え、事業所の数は、30、職員数は470名です。

しかし福祉は、規模の大きさではなく、その中身が重要なので、その意味では今も道半ば、未熟な点が多々残っています。

「わたしたちはここで事業をしているのではなく、最も弱い人たちを中心とした共同体を形成しようとしている」という創設者のビジョンは神から与えられた志だと私たちは受けとめています。今後もやまばとの道しるべであり続けるでしょう。

農村伝道のため尽くされた前任者のM・マクラクラン宣教師に感謝しながら、わたしたちも、この地に、福音に生かされ、神と隣人に主体的に仕える人々が起こされるよう祈っています。

最後に、全国の教会関係者の皆様に、長年にわたるご支援を心から感謝し、主の恵みがありますようお祈り申し上げます。

【4940・41号】新型コロナウイルス 感染拡大の渦中で 医療専門家たちの声に聞く

大友  宣 《老蘇会・静明館診療医/日本聖公会・札幌聖ミカエル教会員》

ウィズコロナの宣教

その日、すなわち週の初めの日の夕方、弟子たちはユダヤ人を恐れて、自分たちのいる家の戸に鍵をかけていた。そこへ、イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。

ヨハネによる福音書

20章19節

今こそ、わたしたちは教会から平和を携えてでかけていく時期です。新型コロナウイルス感染症の影響が社会の至るところに出ています。病院や施設では家族と会うことは出来ません。社会では仕事がなく、補償もなく戸惑っている人たちがいます。家庭内暴力、孤独、貧困の問題が大きくなります。分断と格差の拡大があります。イエスはこのような時代にこそ生きています。それなのに、教会は今、機能を十分発揮することができていません。

弟子たちはユダヤ人が怖くて部屋に鍵をかけてじっと家に閉じこもっていました。現在のわたしたちも似ています。そこにイエスが現れ、弟子たちに平和のメッセージを送ります。恐怖の限界の中にある弟子たちにとって、平和なのは部屋に閉じこもったままでいることでした。その時に主の平和がもたらされたのはなぜか。それは、復活のイエスに出会ったからです。イエスが一方的に私たちに与える平和以外には本物の平和はありません。

イエスは続けます。「父がわたしをお遣わしになったように、わたしもあなたがたを遣わす」。弟子たちは扉を開け、外に行き、宣教の業を始めます。それはユダヤ人が居なくなったからでも、迫害の恐れがなくなったからでもありません。新型コロナウイルス感染症はなくなってしまうこともなく、怖さをひしひしと感じます。どのようにわたしたちは遣わされるのでしょうか。

第一に、わたしたちは何らかの対策を考えた上で教会生活をできるように工夫することができます。「教会における新型コロナウイルス感染症対策ガイド」を作りました。教会でクラスターが起きないようにしながら教会生活をすることは大事なことです。

次に、新しい教会の日常を創り出すことが必要です。今までの教会の仕組みでは高齢者がなかなか出席しにくい。施設や病院への病者訪問はしにくい。教会の主催で集会や交わりの場を持つことが難しい状況です。

そして、イエスが命じたように主の平和と共にわたしたちは遣わされます。平和を携えてでかけます。教会を含めた社会では、新型コロナウイルス感染症の流行の中で限界を感じている人々が今たくさん居ます。教会自体もそのような限界にありますし、社会の至るところに裂け目が出来ています。主が与えてくださった平和をもって生きることが、イエスの弟子としての私たちの使命なのではないかと思います。

【日本キリスト者医科連盟全国委員、「教会における新型コロナウイルス感染症対策ガイド」を編集】

藤井 明子 《さくらキッズくりにっく院長/聖ヶ丘教会員》

変わらない恵みが伝わることを願って

私は小児科医として都内クリニックで働いています。おもに小児神経・発達外来を行い、年間に2500名を超えるお子さんを診させていただいています。

原稿を書いている今は2020年11月中旬です。日々コロナの感染者数は変化し、その度に対応・対策が変化しています。

振りかえると、2月下旬に突然、休校措置が決まり、わが家の子どもたちも長い自宅での生活を余儀なくされました。毎日曜日の教会堂での礼拝参加も出来なくなりました。

私の勤めるクリニックでは、急な環境変化についていくのが難しい子どもたちの相談が増えています。中学校に入学したものの学校に登校できず、長い自宅での生活になり、オンライン授業を始めとする生活に慣れ、オンライン以外での社会的な繋がりが持てなくなった子どもたち、学校に行けなくなったり、不安が強くなったり、眠れなくなるとか、外に出るのが怖くなったなど様々な相談があります。

小児科病棟では、親御さんの付き添いができなくなり、面会時間も従来よりも短時間に制限されています。

私たちを取り巻いている悩みや問題は大きく、時には子どもたちや親御さんと一緒に悩むこともあります。一人の小児科医として、また、子どもたちよりも少しだけ人生の先輩として何を伝えることが出来るのだろうかと、いつも問い続けています。

今回のような想定外の事態に置かれたとき、私たちには、生きるための土台、存在全体を照らす光が大切であるということを強く想わされます。それは、「いのち」と「存在」の肯定です。

クリニックでは、教会に誘ったり、神様のお話をすることはありません。しかし「神様がわたしたちと共におられる」ということに、私自身が支えられ、信仰に踏みとどまって毎日を歩ませていただいています。そして、すべての命が神様の愛と御手の中にあるということを心に刻みながら、親御さんや子どもたちと接しています。

私たちを取り巻く闇は深く、先行きが不透明に思えることもありますが、おぼろげであっても光を感じ、少しずつでも光に向かって進めるようにと願い、お話ししています。

親御さんや子どもたちが「先生とお話しすると気持ちが落ち着きます」とか、「先生となら話せるし、ホッとする」と言ってくださることもあり、神様の御業を日々感じながら過ごしています。

コロナ禍にあっても、アフターコロナになっても、「神様がわたしたちと共におられる」という恵みは変わりません。何があっても大丈夫、神様が一緒だから、というメッセージが、私の小さな働きと存在を通して伝わることを願っています。そして子どもたちのため、親御さんのために祈る者でありたいと思います。

石丸 昌彦 《精神科医・放送大学教授/柿ノ木坂教会員》

明日へのヒント

「コロナ鬱」について尋ねられることが多くなっている。国中が酸素欠乏に陥ったような昨今の状況下で、メンタルヘルスの不調がさぞ増えているのではあるまいかと、もっともな懸念である。

ただ、不調のありようは一様ではない。コロナ肺炎の感染者やその家族、医療や福祉の従事者など直接の被害者・関係者の辛苦は察するに余りある。飲食店の経営者や従業員のように、コロナ禍とコロナ対策の煽りを受けて経済的に窮迫する人々の苦悩も深刻であろう。

一方、より間接的で目に見えにくい悪影響の蔓延も見逃せない。卑近な例では、互いにほどほどの距離を保って安定していた夫婦や家族が、外出自粛で四六時中顔をあわせるようになった途端、些細な口論や諍いが絶えなくなったといったことである。感染者や経済的困窮者の苦労に比べれば「その程度のこと」でしかないが、「その程度のこと」が長期にわたるにつれ、ボディブローのように心の体力を奪っていく。

「コロナ鬱」という言葉から筆者が連想するのは、主としてこのようなものである。そして多くの教会が直面しているのもこれに似て、じわじわと体力を奪っていく慢性的な機能不全ではないだろうか。

この種の問題に対応するのは容易ではないが、一つ考えてみたいのは、その多くが実は「今に始まったことではない」ということである。

社会を見渡せば、職場の過剰労働とハラスメント体質、社会格差と家庭の貧困、地域ネットワークの不在と生活者の孤立など、いずれも前々から指摘されてきたことが、コロナ禍をきっかけに抑えがたく顕在化している。潜在的な弱点がストレス負荷によって顕在化するのは、普遍的な構図である。真の原因は、たまたま襲ってきたCOVID−19ではなく、もともと存在した構造的な矛盾のほうではあるまいか。

それならここは一番、これまで先送りにしてきた問題にあらためて正面から取り組んでみたらどうだろう。諸々の活動を停止・縮小した分、時間だけは十分にある。それぞれの教会でテーマを選び、この機にどう変わりたいか、皆でじっくり考えてみるのである。

皮肉なことに精神医療の現場では、コロナ禍をきっかけに長年の苦労から解放された人々も少数ながら存在する。パニック障害に伴う乗り物恐怖を抱えていた人々はその一例で、通勤電車の殺人的な混雑がテレワーク推進で緩和されたおかげで、生活が劇的に楽になった。長年飲み続けてきた向精神薬が不要になった例すらある。

どんな災難にも、必ず明日へのヒントが隠れている。コロナ禍自体は決して歓迎できないが、これを神が与え給うた自問と成長の機会とすることは十分できるはずだ。それは世々の教会が現にたどってきた道でもある。【キリスト教メンタル・ケア・センター副理事長】

【4940・41号】教区議長コラム 西中国教区 小畑 太作

ある月曜の午後、宇部市内のある病院に電話をした。

前日、主日礼拝に来た90歳を超えるある女性から、春から入院している二人暮らしだった夫に面会して欲しいとの依頼があった。感染予防で面会謝絶の中、こうした在り方についてもずっと気になっていたこともあり、病院に面会を申し入れてみることと、同行する日程を約束した。

病院の対応は、案の定、頑なにわたしの面会を拒絶した。曰く面会可能なのは「支援者」と「家族」のみなのだと。しかし聞けば、「支援」の枠組みも「家族」の中身も曖昧でしかない。心や魂への配慮も考慮すべきではと、果ては信教の自由の補償義務や牧会権の話までして、再考を求めたが、折り返しの電話でも結果は変わらずであった。

次の手立てを講じる前に、ここまでの経過を依頼者に電話で報告した。依頼者は、わたしの面会は諦めると言う。わたしは、この度だけの問題ではないことや、手立ては他にもあることを告げたが、逆に依頼者からはここで留めて欲しいと懇願された。

もとより、二人共が教会員とは言え、わたしに当人に選択を押し付ける道理はない。女性一人だとバスで行くことになる病院までの送迎だけを引き受けて電話を終えた。

とは言え、実はこれで留めることに対して、わたしの中にはかなり葛藤があった。三日前、山口県護国神社に、同神社が自衛隊と結託して勝手に合祀している中谷孝文さんの合祀取下げの要請に行ったことや、度重ねての停止要請を無視して同神社に知事等が公務参拝していることなどが思い起こされたからだ。神社も知事も無関心な世論を盾にのらりくらりを続けている。

ただ女性が電話口で、自分は意気地が無いのですと言われたことが慰めであった。(西中国教区議長)

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