【4934・35号】教区議長コラム

コロナ問題が教会の宣教に深刻に影響している。もちろん、礼拝動画や説教のネット配信が新しい聴取者を生むなど新時代の一面もわかる。とはいえ「教会に行く」、「礼拝に出る」という基本的な機会を妨げるコロナ問題が憎い。公に推奨される新しい生活様式の中で、キリスト教会の宣教はどうなるのだろうか。社会ではコロナ、コロナ……。まるで「コロナ様」が主であるかのようなこの時代。生きることが憂鬱だ。不安ばかりが先に立つ。何かに八つ当たりしたい。何かに責任転嫁して自分は逃げたい。こうして既に世に負けている。

先日、一人の方と話した。「コロナで大変でしょう」、「ええ、そうなんですがね、コロナのために私、仕事をもらったんですよ、役所から。それで助かってるんです」。新業務が社会で始まっている。

別の方と話した。医療事務の仕事上、礼拝出席を自粛してネット説教で礼拝する方。「毎日職場で雑用ばかりしてますが、その雑用への対処の仕方にすら文句を言われて、ヘナっとなります」と吐露された後「それでも私は恵まれています」と明確に仰った。 他の方からネット説教の感想メールが来た。「ここ数回わずかに早口に思えましたが、本日はゆっくりお話されて良かったです」。説教にすら焦っていた自分に気づかされた。

コロナ時代の渦中で聞こえてくる声がある。「聞く耳のある者は聞きなさい」(マルコ4・9)。京都教区も日本基督教団も、そして私(あなた)も主の近くで聞く耳がある。主の言葉を聞こうとするときに、その近くに、主が隣人となられた一人ひとりの言葉も聞こえる。「コロナ様」の大きな声ではなく、主の近くでこそ聞こえる声を聞く。希望を聞き忘れぬように聞く。(京都教区議長)今井牧夫

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