【4919号】新春メッセージ すべての命が救われるために 石橋秀雄

乾いた地に埋もれた根から生え出た若枝のように/この人は主の前に育った。見るべき面影はなく/輝かしい風格も、好ましい容姿もない。彼は軽蔑され、人々に見捨てられ/多くの痛みを負い、病を知っている。彼はわたしたちに顔を隠し/わたしたちは彼を軽蔑し、無視していた。 彼が担ったのはわたしたちの病/彼が負ったのはわたしたちの痛みであったのに/わたしたちは思っていた/神の手にかかり、打たれたから/彼は苦しんでいるのだ、と。《イザヤ書53章2〜4節》

すると主は、「わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」と言われました。だから、キリストの力がわたしの内に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。それゆえ、わたしは弱さ、侮辱、窮乏、迫害、そして行き詰まりの状態にあっても、キリストのために満足しています。なぜなら、わたしは弱いときにこそ強いからです。 《コリントの信徒への手紙二12章9〜10節》

 

悲惨を知る教皇の叫び

 昨年、クリスマスに向かう生活の中で世界が注目する出来事と世界に衝撃を与える事件があった。フランシスコ・ローマ教皇の来日と、中村哲医師の悲劇だ。

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 11月23日フランシスコ・ローマ教皇が来日、11月24日午後6時10分から広島の平和記念公園でローマ教皇を迎えての「平和の集い」が開催された。この平和の集いに仏教の代表者、神社本庁総長、教派神道連合理事長、新日本宗教団体連合理事長、ユダヤ教、イスラム教、キリスト教の代表者19名が招待された。私も19名の一人として招待された。

 ローマ教皇の来日の目的は「すべての命を守るため」と知らされた。

 19名の席は前と後ろから照明で照らされる舞台のような席だ。周りは夜の闇に包まれている。平和の集いには2000名の参列者がいたが異常に静かだ。

 突然遠くで大歓声が起こった。そして、「フランシスコ・ローマ教皇の到着です。起立してお迎えください」とアナウンスされた。同時に私たちは斜め一列に並ぶことが求められた。私たち招待者にはローマ教皇との対話の時があると聞かされていた。

 教皇は、斜め一列に並ぶ私たち一人一人と丁寧な対話を重ねながら、その先の被爆者の席に進んで行った。斜めに並んだ意味は「すべての命を守るため」との祈りと思いを、19名の日本の宗教の代表者と重ねながら、被爆者の席に向かったのだと思った。

 教皇が被爆者の席に行き、高齢の女性の肩を長く抱きしめる姿に感動した。この高齢の被爆者の痛みを一身に受けとめようとする姿だ。同時に被爆地広島の悲惨を一身に受けとめようとする姿だ。

 被爆者の悲惨を受けとめた教皇は「核は犯罪で神に罰せられる。兵器で威嚇しながら、どうして平和の提案ができるか」、「真の平和は非武装以外ありえない」と語った。そして「原爆と核実験、あらゆる紛争の犠牲者の名により、声を合わせて叫ぼう、戦争はいらない、兵器の轟音はもういらない。こんな苦しみはもういらない」と、悲惨を知ったローマ教皇の叫びが闇を包む会場に響きわたった。

 

悲惨を知る主

 主イエスは人間の悲惨を知り尽くした救い主だ。「彼は軽蔑され、人々に見捨てられ、多くの痛みを負い、病を知っている。彼はわたしたちに顔を隠し、わたしたちは彼を軽蔑し、無視していた。彼が担ったのはわたしたちの病、彼が負ったのはわたしたちの痛み」(イザヤ書53章2〜4節)。

 「彼は私たちに顔を隠し」ている。本当の顔は隠されている。神の国で光り輝く顔は隠されている。ただひたすら惨めな姿をさらし、私たちの病、私たちの痛み、私たちの悲惨を知り尽くし、それを担って十字架に死んでくださった。全ての人間の命を救うために十字架の道を歩まれたのだ。

 

悲惨と悲惨とが信頼で

 12月3日に中村哲医師が銃弾の犠牲になって命が奪われ世界に衝撃を与えた。

 中村医師の死を伝えるニュースの中の加藤登紀子さんのインタビューに心が刺される思いがした。加藤さんはコンサートなどでペシャワール会を支え、中村医師が「ときさん」と呼ぶほどに親交があり、よく電話をするということだ。

 2008年のクリスマスの電話で明るく「『メリークリスマス』と言ったら、なんだか変。応答がない中村医師は嗚咽していた。『ときさん、実は僕はクリスチャンなんだよ』と話したそうだ。クリスマス、この喜びの日に中村医師は泣いていたという。「中村医師は純粋無垢な人だった」、「武器に屈してはいけない。信頼が第一だ」として活動する中村医師のことを、加藤さんは語っていた。

 「普通の生活をする」という夢をかなえるために働く人々が、タリバンがいるという理由で爆撃されて犠牲になる。純粋無垢な中村医師はクリスマスに、悲惨を知り尽くして十字架の主を見つめて泣いたのではないかと思った。

 アフガニスタンの人々は農業で生活をしている。干ばつで難民となった。難民の悲惨をなめ尽くした人々のただ一つの夢は「普通の生活をする」こと。水があり、食べることができ、家族と一緒に生活することだ。

 悲惨を知り尽くしている人々が「信頼が第一だ」と中村医師の言葉と指導で結びついて行った。用水路を造り、水が荒れ地に、砂漠に注がれ畑が緑に変わって行った。水のある所に動物が、魚が、鳥が生息するようになった。「二度と難民に戻りたくない」と懸命に力を合わせ、60万の人々の夢がかない「普通の生活をする」。まさに奇跡だ。

 「武器に屈してはいけない。信頼が第一だ」と訴え銃弾に倒れた中村医師。しかし、この命を懸けた中村医師の訴えと「すべての命を守るため」の目的をもって来日したローマ教皇の広島の叫びとが世界に響きわたった。

 

弱いときにこそ強い

 「キリストの力がわたしの内に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう…わたしは弱いときにこそ強いからです」(第二コリント12章9〜10節)。

 私たちの悲惨を知り尽くしておられるお方が、私たちの悲惨の中に宿ってくださるのだ。

 世界の危機、日本基督教団の危機、わたしの危機の中に2020年の歩みが始まる。この危機によって自分の弱さを、悲惨を思い知らされることがある。しかし、その最も弱いところに主が宿ってくださるが故に「弱いときにこそ強い」と言ええる希望の世界が開かれて行く。

(越谷教会牧師)

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