【4882号】荒野の声

 一人の女の子が毎週、ほとんど休まず教会学校に通ってきている。お母さんに背負われていた頃からお兄ちゃんたちと一緒に礼拝に通ってきている。幼稚園ではこの春から年長さんになった。▼お父さん、お母さんに連れられて教会学校にやって来る彼女に「おはよう」と声をかけると、固い表情になってだんまりを決め込むのがこれまでいつものことだった。ところが、幼稚園では実に快活、レスポンスもいい。日曜の朝、お父さん、お母さんと一緒のときだけ、彼女は挨拶のだんまりを決め込んでいるようだった。両親とも、とても丁寧に、実に優しく、伸び伸びと、元気なお兄ちゃんたち共に、末っ子ちゃんを育ている。なぜ、日曜の朝、お父さんとお母さんといるときだけ挨拶をしないと決めたのか、わからない。▼先日、いつものように返事が返ってこないかなと思いつつ「おはよう」と声をかけると、「おはよう」とぼっそと返してくれた。うれしかった。それ以来、挨拶を交わすことが続いている。▼人から言葉が溢れるまで、時間も時期もあるのであろう。主が「その人の内から生きた水が川となって流れ出るようになる」と仰るようにである。

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