【4577・78号】教区コラム 京都教区

鶏が鳴いた
後藤正敏

イースターを迎えた。今年はいつになく早いイースターだった。京都は寒い。受難週の早天礼拝の寒さは身にしみた。陽が上る前の冷えきった礼拝堂に聖書を開き、参加者の熱心な祈りに支えられた。今年のレントは、ペトロの転びが自らのことのように思われた。カヤパの屋敷の中庭でお前はイエスの仲間ではないかと問い詰められ、ペトロは「そんな人は知らない」と三度も否定した。そして、鶏が鳴いた。あの場面である。
敗戦から六〇年。戦争体験の風化が取りざたされている。日本基督教団は一体どこへいくのだろう。私たち京都教区は、教団の風見鶏であるのかも知れない。京都教区の総会報告書を開くと、表紙の見開きには「京都教区宣教方針・方策」が印刷され、裏表紙の内側には「第二次大戦下における日本基督教団の戦争責任についての告白」が印刷されている。私たちは、あの戦争にこだわっている。
昨年十月の教団総会において、京都教区の議員は、教団三役と常議員の選挙をボイコットした。視線を背後に感じながら議場から退席することは、何ともやり切れない思いがした。が、私たちの席の前列に沖縄教区の議員席があり、すべて空席であることは、さらにやり切れない思いがした。
はたして、京都教区のこの姿勢が正しいものなのか。やむを得ないものなのか。教区内でも議論のあるところだが、しばらくは風見鶏の役割をする教区のあることも知っていて頂きたいと思う。
(京都教区総会副議長)

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